今日は四月の始業式。
学校へ行く途中で幼馴染の宮部咲羅―――咲、に会ったものだから必然的に一緒に登校する。
咲とは俗に言う腐れ縁ってやつで、それこそ保育園の頃から始まり、小学校の登校班が同じだったりして、
母親同士も仲良かったりして、中学に上がってからもこうして朝会えば何となく一緒に登校する間柄なのだ。
隣でいつもの様にハイテンションな咲を横目に、ぼんやりと桜並木を見上げた。
まるでトンネルのような、といっても過言じゃないほどに咲き誇る淡い桜色は、
時たまはらはらと散り、幸せな気分をもたらす。
これも日本人の血、というものなのだろう。
遥か昔から、和歌に詠まれたり、花と言えば桜、と呼ばれたり。
人々は時代を経た現代でも、桜を見て昔と同じように心動かされている。
ボーッとしているうちに咲が同じクラスだよ!とか何とか言っているのに気付き、紙を見上げた。
いつの間に校舎まで辿り着いたのかさっぱり自覚がなかったけれど、
咲と合流した時点で学校まであと僅かだったわけだからそう不思議なことでもないだろう。
牧角蒼斗、という自身の名は今年はA組に並んでいた。
出席番号一つ後ろの女子の欄に咲。
・・・落ち着かない一年になることは確実だ。
去年も咲とは同じクラスで、しかも出席番号まで同じだったのだが・・・それはもう、よく言えば賑やかな、一年だった。
そして今年俺の隣に並んでいる名は―――穂積、雛月。
初めて聞く名前、というわけではなかった。
梓原中の男子内において一番有名な女子と言ってもきっと過言ではないのだろう。
恵まれた容姿に、性格も良く、頭も良く・・・・・・とにかく才色兼備の女子らしく、男子内の人気は凄まじい。
その名を知らない奴を探す方が難しいんじゃないだろうか。
大体先輩にだって有名なのだ。知らない、聞いたこともない、なんて言った日には
間もなく人でなしのレッテルを貼られ、お前なんか男じゃねー!と言われるのは必須だろう。
ドラマやなんかの中で、○○ファンクラブ、とかそういうのを見る度に、
実際はありえないと高をくくってきたのだが、こればかりはその具現化にあたるらしく。
ファンクラブこそないものの、廊下ですれ違えば声をかけ、
イベントがあればなるべく近くにいられる術を探す、という男子が絶えない状況だ。
自分の友達が知り合いだと聞けばすぐに紹介してもらい、
是が非でも会話を交わそうと、記憶に残ろうと努めるのが一般的な杏桜男子のステータスだ。
ただし俺はと言えば、話したことはおろか顔をあわせたことすらない、
つまり知り合いでも顔見知りでもない。
そもそも俺の中に、男子に人気がある奴=性格を作ってたりなんだり=女子に人気がない=・・・、
という概念があるせいか、どうも苦手意識があって。
そんな固定観念が“穂積雛月”という人物を次第に憂鬱なものにしていた。
「おいっ蒼!! お前穂積さんの隣か!? 羨ましいなぁオイ!」
「俺なんかD組だよ・・・穂積と同じクラスが良かった〜っ」
早速来た。
こうやって羨ましがる奴が来る度に“穂積雛月”が憂鬱になる。
嫌いってのとはちょっと違くて、なるべく遠巻きに見ていたい、というのが本音だ。
教室へ行く為に昇る階段の一段一段は足に重く、嫌なものになる。
こっちだって代わってやりたい、できるなら。後ろから咲が追い着き、からかうように話しかけてくる。
「あーおッ♪あの穂積さんの隣なんだってー?この幸せ者めッ!!」
「あー・・・そうか?」
「そうか?・・・ってなによッ!もっと嬉しそーにしなさいよね!」
「つーか、何でそんなに皆が盛り上がるのかわかんないんだけど」
流石にココで、憂鬱だと正面きって言うことはできなかった。
「うーわありえない、梓原中の男子としてあり得ない発言だよ今の!
穂積さんすーっっごく可愛いんだからッ!
同性異性問わず人気があるなんてねー・・・女のあたしでも好きになっちゃう☆」
「うわっ・・・」
「引くなぁぁ!!バカ蒼!」
ぎゃあぎゃあと隣で咲が大騒ぎするのを軽くあしらいつつ、一つの疑問が頭に浮かぶ。
女子にも人気がある―――?そんな奴、見たことも聞いたこともない。
そんなのはそれこそお話の中の“よくできた子”で、実在してしまえば、
異性に人気があれば同性はやっかみ、同性と親しくを心がけてしまえば異性からの人気は得がたくなるのが普通なのだ。
咲はまぁちょっとした例外なんだろう。男女問わず人気がある。
でもまぁ男子に人気があるとは言っても友達として、だ。
確かにさばさばしてるし、付き合いやすい奴だと思う。
というか咲に女の子らしさを求める方が難しい気もする。
だからこそそのさっぱりした性格は同性の親しみを呼び、異性の好感を呼ぶ。
赤みがかった茶髪を肩に付くか付かないかぐらいのセミロングにしていて、その毛先は外側にはねている。
眼も同じ色できょろきょろと大きな眼をしている。
一番好きな教科は体育だと声高に言い、陸上部に所属している咲は、その良く通る声でまだぎゃあぎゃあと何か言っていた。
―――――じゃなくて、じゃあ“穂積雛月”は?
教室の扉は開けたものの躊躇して中へ踏み込めない。
一種の畏怖とも言える感情が、確かに俺の前に立ちふさがっていた。
「ちょっと蒼ッ!何やってんのー?」
「ぁ・・・あぁ・・・・・・」
「もうッ穂積さんならあそこでしょ?ホラ、男子と喋ってる子!」
「違っ・・・」
体裁的に口から違う、と出かけたが気にしていたのは事実だからあながち違っても無かった。
でも、咲に指された女子を見て言葉を飲み込んだ。
可愛い、と思った。
栗色のウェーブのかかった髪を軽く束ねて上げていて、焦げ茶の眼はとても優しげで、でも意志の強そうな眼で。
何よりその浮かべた笑みは男子に諂い媚を売るようなものではなく、見ているこっちが幸せになりそうな笑みだった。
男子に人気があるのはもとより、咲が言っていた事も納得できた。
“穂積雛月”が無性に気になった。
「蒼ー?何見惚れてんのッ!」
「別にそんなんじゃねぇよっ」
「どうかなー、興味ないとか言っといて実はっ!てあれじゃないのー?
いやですねぇ牧角君ったら! あたしにまで隠す必要ないのにー水臭いなぁー」
「咲うるさい」
むふふー蒼ったら照れちゃってー、とからかう様に話しかけてくる咲を振り切り、自分の席へと向かう。
確か、出席番号は同じだったはずだ。彼女がそこなら自分は・・・
「穂積、さん?」
「はっはいっ」
「俺、牧角蒼斗。よろしく」
「う・・・うんっ!」
彼女の隣の席に手をかけながら掛けた声は自分のものとは思えないほど優しいもので、思わず自分の耳を疑う。
さっきまであんなに毛嫌いしていたのに、と自分がとてつもなく勘違いをしていた事に気づき後悔する。
向けられた笑顔がどうしようもなく脳裏に焼きついていた。
瞬間、心がほんわかと温まるのに気付いた。
瞬間、心がほんわかと温まるのに気付いた。
俺は、向けられた笑顔に心を奪われた。
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