ジリリリリリ・・・ジリリリリリ・・・・・・――――――
「ん・・・今何時・・・・・・ってふわぁ!」
けたたましい目覚まし時計の音に目を覚ました少女。
ごろんと体の向きを変えて、枕元に置いてある淡いピンクの時計の文字盤を
目を擦りながら見ると文字盤の針は起床予定時刻を既に15分以上過ぎていた。
時計の裏のスイッチを切って起き上がり、ぐっと身を伸ばすと少女は重たげに瞼を開く。
いつもなら気持ちよくぱっちり目覚める筈なのに、今日は珍しく瞼が重い。
朝には強い筈なんだけど。やっぱり昨夜みたあの夢のせいなのかな・・・?
まだ覚めやらぬ目をもう一度ごしごしと擦ると、少女はベッドから抜けた。
これまた淡いピンクのドット柄カバーがかかった掛け布団をばさりと掛け直し
大雑把ではあるが見苦しくない程度に整える。
室内の雑貨は多くが淡いピンクや赤、白など女の子らしい色彩で、
家具はナチュラルベージュの木製のものが多い。少女のベッドもまた然り、である。
少女はベッドカバーと同じ布地のカーテンをパッと開けた。
四月の初旬、陽射しはポカポカと暖かくて、窓の外には若干散り始めた桜の花びらが舞うのが見える。
マンションの前にでんと構える桜の大木は、この部屋から見ると
同じ高さより少し低い位で舞い落ちる花びらはほとんど気にならない。
そして、時折風が吹けば花びらが舞うのが見えるという丁度良い高さだった。
舞う桜を眺めていると昨夜の夢とは対称的な幸福感に包まれて、少女は自然と笑みを零した。
そして同時に、時間の無さを思い出して部屋の中をあたふたと走り回る。
私は穂積雛月。今日から杏桜中学2年生。
お母さんは私を生んですぐに亡くなって、警察官のお父さんに男手一つで育ててもらった。
でもそんな大好きだったお父さんも3年前に殉職して。私は今では穂積家の生き残り。
取り敢えず小学校を出るまではお母さんの親友一家に面倒を見てもらって、
卒業してからは今と同じ、駅からは大分遠いけどこじんまりとした結構素敵なアパートの一室で一人暮らし中って訳。
直射日光の当たらない場所に置かれた金魚鉢で悠々と泳ぐメダカ達に餌をはらはらとあげる。
餌が沈んでいくに従って数匹のメダカは一生懸命に口を動かし、数匹は底に沈んだ餌を待ち構えている。
雛月は準備を終えるとリビングの両親の写真の前で手を合わせ、行ってきますと小さく呟き家を後にした。

暖かい陽気に顔を綻ばせながら学校へと続く坂を上る雛月。
校門から校舎に向かって続くゆるやかな坂はそこそこの長さがあり、その長さは100Mあるかないか、といった所である。
坂の脇に置かれたたくさんのプランターには色とりどりの花々が咲いている。
開校わずか15年という杏桜中の校舎は、当然だが近隣の中学と比べても新しい。
今日は四月の始業式。
いつもは遅刻ぎりぎりで駆け込んでくるような子も、今日だけはクラス分けの結果が気になるのか早めに来ていて。
坂を上るメンツは時間的にいつも似てくるものだけど、今日は本当にばらばらだった。
私もあれだけ急いだ割にはそこそこ時間があって、いつもの5分遅れ位で済んだ。
とは言ってもいつもかなり余裕をもって来ているから、まだ8時くらいなんだけど。
そんな暢気な事を考えながら坂を上っていると雛月の前方に昇降口が見えてくる。
丁度クラス分けの紙が張り出されたのかわぁっとざわめいた集団に、
何となく急かされて少し速足になると後ろから誰かに呼び止められた。
「おーっひな、はよーっ」
「あ、ハルっ!!おはようっっ」
私を呼び止めたのはハル、こと宮内晴弥。
口は悪いし、態度も大きいけど何かと気にかけてくれるとっても大事な幼馴染。
明るい髪をしているから、一見悪ガキみたいだけど実は頭は良かったり。
一見・・・じゃなくて悪知恵の働く悪ガキだって言う人もいるけど。
背は、男子にしては低め・・・かな?158とか9とかそんな感じ。
そういえば私の身長は158cmなんだけど、ハルに言わせると「なら絶対オレは159だ!」って譲らない。
ハルに腕を掴まれて、私は昇降口へと走った。
いつもちょっと強引に私を引っ張っていくハル。でもそんな強引さもハルの魅力だと私は思う。
ハルが人を掻き分けて紙の前まで私を引っ張るものだから、
ハルによって押し退けられた人達に頭を下げながら掴まれている腕の方へ足を向かわせる。
すぐに人の塊から抜け出し、正面の紙を見上げると隣ではハルがD組からさかのぼる様に自分の名前を探していた。
A〜D組のそれぞれの紙にはそれぞれ35〜6人ぐらいずつ名前が載っているものだから探すのにも若干の時間が必要で。
ふー・・・と息をはいてA組の上のほうから名前を目で追った。
ほ・・・ほ・・・・・・穂積、雛月。
あった。
去年と同じA組だったから時間はあまりかからずに見つかった。
隣には“牧角蒼斗”と見覚えの無い名前で少し緊張する。
その分去年は良かったかな。
隣はハルで、近くには他にも仲の良かったあの人がいて。
やっぱり知っている人が近くにいるってだけで心なしか安心したのを覚えてる。
でもやっぱりいつまでもハルを当てにするわけにもいかないし、それで良いんだと思うんだけど。
・・・仲良く、できるかな。
「よっしゃ!」
そんな雛月の隣で晴弥が大声を上げ派手にガッツポーズをした。
「どうしたの?何かあった?」
雛月が小首を傾げて晴弥に尋ねると晴弥は掴んでいた腕を放し若干あわてつつも満面の笑みで言った。
「あ、いや何でもないけど!
それにしてもまた同じクラスなんだなっ・・・まぁお守りが大変だけど」
「なっ・・・お守りって酷いよっ!」
「じょーだん、じょーだん♪」
ハルに言われてもう一度紙を見直すと、A組には確かに“宮内晴弥”の名前があって。
しかもハルは私の出席番号一つ後ろとかなり近い。
今さっき当てにしてばっかじゃ駄目って思ったばっかりなのに少し安心している自分がいて、
やっぱり私の中でハルの存在は大きいんだなって思う。
でも。
(なんで気づかなかったんだろ・・・)
そんな事を考えていると、やがて紙の前の集団はますます膨らんでいった。
どうやらハルは私がぼうっとしている間に行ってしまったみたいで、
私は1年生の時の友達と話しながら教室に向かった。
教室にはもう大分人が集まっていて、やっぱりざわついていた。
教室をくるっと見渡すと、ハルがこっちを見てニッと笑っているのに気づいて微笑みを返す。
傍から見たらきっと付き合っていると勘違いされてもおかしくないけれど。
でもあまりにばっさりと否定してきたから、少なくとも去年同じクラスだった子にはもう誤解は解けている、はずなんだよね。
「相変わらず仲良いねー二人とも。これで付き合ってないとか大分詐欺に近いよ?」
「だからね、ハルとは恋愛感情とか全くないんだよ?
じゃあ私、教室入るねっ」
からかうように言ってくる友達に雛月はいつもと同じような言葉を向けた。
相手の少女は雛月に軽く手を振ると、自身のクラスであるC組へと向かう。
教室に入った雛月がハルの元へたた、と駆け寄ると、晴弥は先ほどのニヤニヤ笑いを浮かべて何やら間近の席を指差した。
「ここ、ひなの席」
「・・・へ?」
「ど真ん中、だなっ」
「あっ!ホントだー・・・」
ハルの指差す私の席は教卓の目の前だった。
大体ハルの腰掛ける机の位置からしてそれは明らかなんだけど。
なんでこんな事に。新学期早々ついてないなぁ・・・。
自身の運の無さにため息をつき、雛月が椅子に手をかけようとした時、女の子達がざわっと一瞬ざわめいた。
雛月が首を傾けて周りを見回すと、ちょうど一組の男女が教室に入ってきた所だった。
からかうように笑う女の子を振り切って、もう一人が雛月の方へ向かってくる。
雛月は、教室中の女の子達の視線が一斉にそれを追っているのに気づき、向かってくるその人に自然と身構えた。
やがてその人は雛月の隣の席に着くとふ、とこっちを向いた。
「穂積、さん?」
「はっはいっ」
「俺、牧角蒼斗。よろしく」
「う・・・うんっ!」
構えていた肩の力が一気に抜け、微笑みながら挨拶してくる相手に笑みを返す。
牧角君は、茶色の髪が少し長めにちゃんと整えてあって、漆黒の瞳をしていた。
容姿も整ってて、程よい背の高さ。
初対面な私がここまで思うのだから、女の子達が熱い視線を向けるのも頷けた。
私は、初対面の彼になぜか瞳を奪われた。
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