どうもおかしい。
そうが感じたのはつい一週間前の話。何だか常に見られているような、つけられているような。視線の方向に目をやっても何もないし、しばらく角の所で待ち構えるとか色々やってみたけれどどれも空振りだし。(わたしがどんくさいからとかじゃないよきっと!)それでも違和感は拭えないのだから、ちょっとだけ不安になるのもしょうがないこと、って思うんだけど。
そもそもはしがない平隊員の一人。席官でもないのに、そのようなことをされる心当たりは全く無いはずなのだ。それこそ瀞霊廷通信の常連の隊長方や、美人で名の知れた松本等は話は別。でも、の場合は誰かに話そうものなら笑ってあしらわれてしまうだろう。むしろそうであってくれたらどんなにいいことか。―――だけど、心当たりがなくもないから困っているのだ。
目の前には隊首室。物音一つ聞こえないところをみると、どうやら隊長は一人でお仕事中のようで少しだけ・・・そう、嬉しい。
「失礼します、です」
「入れ」
低く返された声に、自然と背筋が伸びる。腕に抱えた書類を調え、深呼吸をしてから隊首室に入る。
「日番谷隊長、これが隊長印の必要な書類、こっちは処理済みのものです」
「あぁ」
ぱさりぱさりと日番谷の机の上に書類が積まれていく。仕事を減らしたところだろうに、なんだか申し訳ない。
「それと、これは先程吉良副隊長が急ぎの書類だってもって来たものなので・・・」
「チッ、市丸のヤロウか。・・・分かった、優先して片付ける」
手際よく分けられた書類の束に日番谷は軽く目を通し、机に置いた。ん、とこめかみを押さえる姿が妙に色っぽくてどきん、とする。最後に渡した書類が一番上に重ねられた。
「では、失礼します」
「・・・少し話さねぇか、」
「・・・うん、日番谷君」
彼から発せられた自分の名に、空気が緩むのがわかった。(ごめんなさい乱菊さん、席外してくださっててありがとう!)
の唯一つの心当たり、それが自身の隊長にあたる日番谷との関係だ。
付き合い始めてまだ一ヶ月。俗に言う蜜月と言う時期にあたるが、その身分差や勤務時間の違いからこうして二人で話す機会は少ない。おかげでキスはおろかデートすら出来ていないという、少年少女も真っ青の清らかなお付き合いを育ませていただいている。・・・なにも二人がそれを望んでいるわけじゃないけれど。
おまけに、詮索好きな上に口の軽い副隊長を持った二人だから、この関係は誰にも秘密。
日番谷に恋情を抱く女性隊員は多い。女性死神協会の出す冬獅郎の写真集は、重版に重版を重ねるものの、僅か数日で売り切れると言う。そんな彼と、一隊員である自分が付き合ってるだなんて漏れた日には、ゴシップもいいところで、数ヶ月は現世の動物園のパンダというものよろしく過ごさなければいけない。
故に、秘密の関係。
「最近喋れてなかったからな」
「そうだね・・・日番谷君も仕事忙しそうだもんね」
貴重な二人だけの時間。そもそも日番谷の元に書類を持って行きたい女性隊員なんてたくさんいるわけで、今日は運よくがその任務につけたというだけ。加えて普段ならには膨大な書類が待ち構えているはずで、執務室で話す時間なんてとる事はできない。それが今日は運良く業務がひと段落ついたところで。残る不安要素は一つだけ。 は最近の妙な視線について日番谷に相談をもちかける。
「そうだ、日番谷君。あの―――」
「ただいま戻りましたーっ♪ ・・・ってあれ、じゃない、どうしたの?」
パシーンッと大胆に襖を開けた乱菊に、冬獅郎とは距離を開けた。
な、なんてタイミング・・・! 確信犯だとしたらこれ以上のタイミングないですよ松本副隊長・・・!
「いっいえ、書類をお持ちしたんです! それでは日番谷隊長、松本副隊長、失礼しますっ」
「はいはーい♪ ・・・って隊長、なんかありました? 眉間のシワが当社比倍増な感じですけど」
「・・・いや、なんでもねぇ」 (松本のヤロウ・・・!)
***
それから一週間。
タイミングを逃すと暫くは二人きりになる機会なんて無いわけで。あの妙な視線もなくなるわけではなかったが、未だに冬獅郎に相談する機会はなかった。
「うぅ・・・日番谷隊長―・・・」
正直言って、付き合い始めたばかりの男女にとって一週間も会わず話さずと言うのは死活問題なのだ。勿論朝の定例では辛うじて顔だけは見えるものの、なにぶん人数が多い。席官でないははるか遠くに見ることしか出来ないのだ。いくら立場的にやむを得ないとはいえ、いくら二人が我慢強いとはいえ。
「隊長直々に現世任務なんてなぁ・・・今日行っちゃうのに、」
しかも加えて、冬獅郎は今日から二週間の現世派遣ときた。つまり三週間、この状態が続くことになる。
それなのに。
見送りも出来ないのかぁ、とは目を潤ませた。
・・・グイッ
「きゃ、・・・っ!?」
突如物陰に引きずり込まれる感覚。塞がれた口元。はバタバタと手を動かした。
「はふっ! はへへふははいっ、ふぁふっ・・・」
「おい、俺だっ」
「はふぇ・・・ひ、日番谷君?」
聞きなれた声に動きを止めると口が自由になり、は彼の名を口にした。
「ったく容赦なく殴りやがって・・・」
「え、え? 何で? だって今日、」
「行く前にお前に会ってこうと思ったんだよ。ただでさえ一週間も会えてねぇし」
でも、とは思う。出立時間まであと僅か。そんなに簡単に抜け出せるはずなんて。
日番谷隊長―!?
どこにいらっしゃるんですかー!?
遠くで冬獅郎の名を呼ぶ声が聞こえる。一人や二人じゃない。数人規模で探しているようで、おそらくそれは今回の現世任務に同行するものだけではないだろう。
「日番谷君、呼ばれ・・・」
「馬鹿。お前の顔見ずに行けるかよ」
至近距離で言い放たれた言葉にの胸は高まった。それはつまり、僅かな隙をぬってわざわざ会いに来てくれたということで。どこまでも仕事熱心な彼の行動では考えられないことなのだ。
日番谷隊長―!! 穿開門が閉まってしまいますーっ!!
どこにいらっしゃるんですかーっっ!?
「チッ・・・しかし流石にもう行かねぇとまずいかもな・・・悪い」
「ううんっ」
そんなこと、そんなことない。その気持ちだけで十分、十分すぎるくらいだ。それだけで一週間耐えるなんて容易いことに思えるのに、これ以上を望むことなんてあるだろうか。 はとっておきの笑顔を見せて。
「行ってらっしゃい、冬獅郎君」
帰ってくるの、待ってるね。そう紡ごうとした口元は結局その言葉を発することはなかった。
視界が急に暗くなって、吐息が熱くなる。近すぎて目を開けることも出来ないくらいに、深い。頬に触れる柔かな髪。顎に寄せられた骨ばった指。腰に回された筋肉質な腕。
少し離れて絡む視線。その翠色のあまりの強さにぼうっと、した。
「・・・行ってくる」
去り際に耳元で、吐息混じりに甘い声。
去っていく白い背中をはほう、と見つめた。
(―――したの、初めてだ)
***
二週間の現世任務を終えて冬獅郎が尸魂街に帰ってきた。
「な、なにこれぇ!!!!」 「・・・なんだこれは」
執務室。乱菊に呼び出されたと冬獅郎の前に、笑顔で差し出された雑誌。
「はい、今月の月間瀞霊廷通信です♪」
見出しには、『日番谷隊長現世任務終了記念!隊員とのつかの間の逢瀬・・・熱い接吻を激写!!』
そしてダメ押し、これでもかとばかりに表紙に二人の抱擁が載る。
「松本、これはどういうことだ・・・!」
「嫌ですねぇ、スクープには衝撃写真が付き物じゃないですか〜」
にも隊長にも、カメラ要員付き通しだったんですよ?と松本がにやける。ちら、と中に目をやるとまぎれもなく口元まで綺麗に写ったキスシーン。隊員A、となってはいるもののこんな全身写真を撮られてしまえば誰にだってだと分かってしまうだろう。奇妙な視線の正体はこれだったのだ。
「でも、付き合ってるなんてわたしっ」
「やぁね、そんなのバレバレよう! ずっとスクープ狙ってたのに、なかなか隊長手出さないんだもの。でも、文字だけじゃ読者は納得しないって修兵説得してよかったわ〜」
ホントはふつーに執務室で話してるとことか聞こうと思って誰かしら執務室に配置するようにしてたんですけど、まったく二人とも周り気にしちゃってぜんぜんダメなんだものー
松本はにやける口元を隠しもせずに自分用の瀞霊廷通信を捲ると写真に見入った。
「「・・・っ、松本(副隊長)!!!!」」
前途多難な二人の恋。
・・・渦中の二人は、キスはおろか、暫く落ち着いて話すこともままならなかったとか、何とか。
○● あとがき
冬獅郎短編2個目UPです! わたしの短編にしては割と字数多めな方です。 そしてなんといっても今回はキスシーン描くのがすごく楽しかったです!! 唇描写なしで描くのってむしろ逆にリアルさが増す気がします・・・はい単に趣味でした!(笑)
write...09/11/29